「あっ」
「ん?」
「いや、藪から棒に申し訳ない。でも君、もしかして……」
「…………」
「ヘリコプターじゃないか?」
「いや、飛ばないよ。思わず振り返りそうになるくらい語感が近いけど、ちがうよ」
「あ、これは申し訳ない。咄嗟に出てこなくて。えーと……、そうだ」
「…………」
「トラボルタじゃないか?」
「いや、色気のあるアメリカ人俳優じゃないよ。サタデーナイトフィーバーしてないよ」
「これもちがったか。重ね重ね申し訳ない。どうもいけないな。ちょっと待ってくれ……、そうだ」
「…………」
「照強じゃないか?」
「いや、伊勢ケ浜部屋所属力士じゃないよ。塩もあんなに大量に撒かない」
「そうだな。そうだよな。任せてくれ、いまちゃんと思い出すから……、そうだ」
「…………」
「コスタリカじゃないか?」
「いや、中央アメリカ南部に位置する共和制国家じゃないよ。コーヒーも栽培していない」
「だよな。うん。分かってたよ。だけど正解がだんだん近づいてきたよ……、そうだ」
「…………」
「ゆめちからじゃないか?」
「いや、北海道で生産されている小麦の品種じゃないよ。もちもちとした触感と甘みが特徴じゃないよ」
「分かってた。でもワンチャンに賭けたんだ。本命は他にあって……、そうだ」
「…………」
「ヘビイチゴじゃないか?」
「いや、甘くて酸っぱくないよ。ガラガラヘビもやってこないよ」
「そうだな。そういうもんだ。呆れてるだろ、ちがうんだ、ここまで来てて……、そうだ」
「…………」
「シャングリラじゃないか?」
「いや、夢の中でさえ上手く笑えない君のことダメな人って𠮟りながら愛していたくないよ」
「うん。そうだ。その通りだ。安心してくれ、そろそろだ……、そうだ」
「…………」
「ジャイアンじゃないか?」
「ちがう」
「悪かった。今のは悪かったと思う。ちょっと雑だったな。次は大丈夫……、そうだ」
「…………」
「イノシシチンパンジーじゃないか?」
「いや、世の中をすごく大雑把に見たらほぼ同じことになるけど、そうじゃないよ」
「これもちがったか……。わりと自信があったんだけどな。嫌だなあ、年は取りたくない。子どものころ、あんなに一緒に遊んだ熊田薫くんの仇名が思い出せないなんて」
「あ、本名はしっかり覚えてるんだな。そっちを覚えててあっちを覚えてない人っているんだな。ちなみに俺はそのキャラクターに似合わない中性的な名前がコンプレックスで、ほぼ蔑称ともいえるあの仇名で呼ぶことをむしろ周囲に強要していた、という設定だったんだ」
「そうだったそうだった。ありがとう。そのヒントでやっと思い出せそうだ……、そうだ」
「…………」
「金髪豚野郎じゃないか?」
「いや、泰葉と離婚してないよ。でもこれまでの中でいちばん惜しいよ。っていうか、無粋なことをいわせてもらうけど、最初っから分かってるんだろ。分かっててボケてるんだろ」
「えっ?」
「絶対そうだよ。そうにちがいないよ。なあ、そうなんだろ、しんがり」
「やめてよ。守ってないよ。ここは私が食い止めますゆえ信長様はどうかお逃げくださいっていってないよ、もう! ママ~」
「……泣くんだ。防御力すごく低いんだな、尖浩二」
「わ~ん。仇名かと思いきや、ただの苗字だったという驚きの真実だよ、ママ~」