新しいブログ様式

  
 ブログに書きたいことは日々の中でそれなりにあるのだけど、なかなか平日の夜に書きだす踏ん切りがつかないというジレンマがあった。限られた平日夜の自由時間、したいことはたくさんあるのだ。机周りの整理がしたい、本が読みたい、裁縫がしたい、酒が飲みたい、テレビを観たい、筋トレしたい、そしてブログを書きたい。そんな種々の願望を抱えつつ、気づけば晩ごはんから就寝までの間にやったことといえば、エロサイトを眺めることと酒を飲むことだけ、みたいな日もままあり、忸怩たる思いを抱えていた。
 なぜ以前に比べてブログを書かない感じになってしまっているのかと考えて、やりたいことの項目が以前よりも増えているのに対し、想定されるブログ記事作成の労力が大きすぎる、というのがあると思う。ブログを書きはじめたら、その晩は「ブログを書いた」だけで終わってしまうな、という思いが、ブログに向かうことへの二の足を踏ませ、そして延々とエロサイトを眺めるばかり、という(あまりに無駄なめくるめく)夜へと帰着させるのだ。
 この問題をどう解決すればいいのかと、とてもゆっくり、考えるともなく、たぶんこの2ヶ月くらい深層心理において思索を醸成させた結果、このたびいいアイディアが捻り出た。
 それは、ブログの、文字数制限ならぬ、時間制限である。
 ツイッターの140文字を筆頭に、隙間時間にスマホでサッと記事を読むという現代のスタイルに合わせて、ブログもまた文字数が少なくなりがちで、しかしその流れに対するアンチテーゼとして、「我々は読書が趣味で活字中毒でビブリオバトルでワークショップでサロンで、そんな我々は〇千字以上のちゃんとした読み物としてのブログを書くんです」という(ウザい)一派もいたりして、斯様にブログの文字数というのは、分類の条件として既に存在する。
 それに対して、これまでブログ記事の分類に、作成にかけた時間という概念はなかった。ちゃんと調べたことはもちろんないが、少なくとも僕の中にはなかった。なぜなかったかといえば、作成され、結果としてウェブ空間に現れる記事に、それを作った所要時間なんて表示されないし、受け取る側としてはぜんぜん関係なかったからだ。そうなのだ。受け取る側にとっては、書き手がその記事にかけた時間なんて関係ない。どうでもいい。でも忘れてはならないのは、ブログはもう受け取る側なんて存在しないジャンルであり、ただひたすらに書き手の書き手による書き手のためのものだ、ということである。であれば、結果として現れない所要時間だって、十分に大事な括りになる。
 というわけで、もう時間が来るので、説明が足りない気もしつつこれで話を締めるが、僕はこれから毎晩、30分だけかけてブログを書いていこうと思うのだ。