ブログクロス連載小説「俺と涼花」第1回


「きゃ、きゃああっ!」
 突然リビングに妹の絶叫が響き渡った。
「おいおい、どうしたんだよ、涼花。うるせえなあ」
 俺は読んでいた漫画を閉じて、部屋に入ってきた妹のほうを見やった。妹はソファーに寝転がる俺を見て、顔を真っ赤にしていた。
「お、お兄ちゃん! なんなの、その恰好は!」
「恰好? ……なにか変か?」
「なにか変か、じゃないよ! 裸じゃない!」
「え?」
「お風呂上がりはいっつもトランクス1枚で、やめてよって言ってたのに、なんでとうとうそれまで脱いじゃうのよ! 信じらんない!」
「……ああ、そういうことか」
 妹がどうして騒いでいるのか、ようやく意味が分かった。
「よいしょ」
 俺はソファーから脚を降ろし、妹のほうを向いて立ち上がった。
「ほら、な」
「…………」
「こういうことだ」
「……え? どういうこと? なに、それ?」
 妹は俺の股間に隆々と聳え立つ筒状の装身具をまじまじと見つめ、訊ねる。
「これは、カポーク族で言うところのコテカだ」
「かぽーく……こてか?」
「モニ族で言うところのゴサカ」
「もに……ごさか?」
「ワラック族で言うところのケベ」
「わらっく……けべ?」
「ケーロム族で言うところのパール」
「けーろむ……ぱーる?」
「ダニ族で言うところのホリム」
「だに……ほりむ?」
「フプラ族で言うところのホリム」
「ふぷら……ほりむ? ほりむ2回目!」
「ンドゥガ族で言うところのサロック」
「んどぅが……さろっく?」
「ヤリ族で言うところのフミ」
「やり……ふみ?」
「ウフンドゥニ族で言うところのタノック」
「うふんどぅに……たのっく?」
「まあ要するにペニスケースだ」
「やっぱり! やっぱりペニスケースだった! いろいろ言葉が出てきたけど、結局ペニケだった! だと思った! だってどう見てもペニケだもん! ペニケ以外の何物でもないもん!」
「ペニケはよせ。ペニ毛みたいな感じになるだろ」
「えっ、なんで? なんでお兄ちゃん、ペニスケース着けてるの? 気が違ったの?」
「失礼だな。俺は正気だ」
「正気なのに日本の自宅のリビングでペニスケース一丁なの? じゃあ正気ってなに?」
「涼花」
 俺は正面に立つ妹の肩を両手で掴み、目を見て言ってやった。
「取り乱すんじゃない。落ち着け」
「……えっ、わたし? わたしがおかしくなってる感じになってるの?」
「俺がついてるから、さ」
 そのまま俺は妹の背中に手を回し、体を引き寄せた。妹の華奢な肉付きが胸板にダイレクトに伝わってくる。
「大丈夫。大丈夫だから」
 そしてお団子頭をぽんぽんと優しく叩いてやった。
「……えっ! えっ! なにこれなにこれ! 本当に意味わかんない! なんで? なんでお兄ちゃんがいきなりペニケ一丁だったから動揺してるのに、お兄ちゃんがわたしを宥めてるの? 当たってるから! ペニケがお腹に当たってるから! やだやだ! すごくやだ! けがらわしい! けがらわしいって日常で初めて口に出して言った! ねえ、離して! 怖いから離してよ!」
「でえじょうぶ。でえじょうぶだから」
「なんで? なんで急に悟空なの?」
「あんな、さっきオラが言った人たちがいんだろ? あいつらすげえんだぞ。あいつらペニスケースが正装でな、だからげえに入ってはげえに従えっつってな」
「郷ね」
「それでオラもペニスケースで過すことにしたんだ」
「…………」
「ついでにこんな技も教えてもらったぞ。瞬間移動っつうんだ」
「……しつこい! 悟空のくだり、しつこいしつこいしつこい!」
 妹は激しい力で俺の腕を振りほどくと、そのまま腕を振り回して俺の体を打擲してきた。
「いてっ! いてえ! いてえよ!」
「ばかばかばか! お兄ちゃんが裸なのがいけないんでしょ!」
「いたいいたいいたい! あっ、こら、ペニスケースはやめろ! 叩くな!」
「なによこれ! こんなのがあるからいけないんじゃない! こんなのが! こんなのが! こんな、……こんな、の、が?」
 妹のペニスケース殴打が止まった。
「……気づいたか、涼花? いい音だろ。ペニスケースは楽器でもあるんだ。ほら、叩くといい音が鳴る。それで男性は女性にアピールをするんだ」
 妹は困惑した表情を浮かべたまま、先ほどまでより優しい力でペニスケースを叩いた。ポンッと小気味いい音がリビング中に響く。
 ポンッ。ポンッ。ポンポンポンッ。
「な、なによ! いくらちょっといい音がするからって、ほ、ほだされないんだかんね!」
 しかし吹奏楽部でパーカッションを担当する妹は、楽器としてのペニスケースの魅力に憑りつかれてしまったようだ。それはもはや打擲でもなければ殴打でもない。演奏だった。才能あふれる妹が音楽と戯れる時間がしばし流れた。
「……あれ? なんだかちょっと音色が変わってきた? はじめのときよりも音が低くなった気がする」
「ふふ、気づいたか」
「どうして? どうして途中で音が変わったの?」
「それは涼花の与える刺激によって、ペニスケースの中の空洞のスペースが変化したからだよ」
 俺の説明をすぐには理解できない様子の妹だったが、俺の股間に屹立するペニスケースを改めてまじまじと見下ろし、やがてその意味にたどり着いたらしい。
 妹は少し頬を赤らめ、バツの悪そうな表情を浮かべた。

つづく